冷静になって考察した

↓の続きです

つらいアルバムでした


聴けばつらくなるアルバムなのに何故か思いを馳せてしまう!不思議!お前はMなのか!

冷静になってアルバムを聴いたりコレとかコレを読んだりしたところで、なんとなく世界観が見えてきた気がするので書き綴っておきます。

このアルバムでは「NOVEL:AD2010」「FAKE:AD2010」「TRUE:AD2010」の3つの平行世界が表現されていて、それぞれ以下の意味合いだと推察しています。


【NOVEL:cosMoさんの望む初音ミク】
小説を読んだことがないので推測の域を出ないが、この感想記事を見る限りcosMoさんは小説版にかなり入れ込んでいるように感じられる。現に本CDの後書きコメントで「僕にやさしいのは小説版の世界だけ!!」と漏らしている。
で、3曲の歌詞を見る限りこの世界線の初音ミクは「命を授かり」「感情を会得し」「成長している」。cosMoさんはミクさんと「ボカロPとVOCALOID」の立場ではなく、同じ人間、同じ生物として共に人生を歩みたかったのかもしれない。

【FAKE:一大コンテンツとして肥大化した初音ミク】
初音ミクは単なるVOCALOIDとしてだけでなく、二次元キャラクターとして広告塔の役割も担う。(むしろ世間的にその側面が強くなる)
彼女を「生かす」ために「大人たち」はボカロPに音楽を提供させる。そうして存在の大きくなった初音ミクは、自らが歌いあげた音楽を片っ端から「物語」に組み込んでしまう(それが初音ミクのための音楽でなくとも)。初音ミクに従属することを嫌うボカロPは初音ミクから離れていく。「大人たち」までもが見捨てたとき、初音ミクはいずれ消費され尽くし、「消失」する。

新曲「バラバラリリック」ではボカロPが「物語と心中」することを止め、自己のために音楽を作ることを決意している。かつて生み出した「物語」にいつまでも縛られていては、ボカロPは自身の「現在」を表現できない。
この決意をもって次のトラック「リアル初音ミクの消失」における「ボンクラ共」への痛烈な突き放しに繋がっていく。
サビの歌詞「何を歌ったって構いやしないんだ とうに意味なんて消失してしまったから」がこの曲のキモだと考える。「どんな曲を初音ミクに歌わせたいか」に拘り続けることがもはや限界だったのかもしれない。

この世界線の3曲に限り、曲中の語り手は初音ミクではない。「リアル」の主人公は初音ミクではない。

【TRUE:VOCALOIDの立場を守った初音ミク】
消失シリーズの正史。曲順もリメイク前を踏襲している。
初音ミクはやがて自らが風化し誰にも使われなくなってしまうことを受容し、ユーザーからキャラクター性を付与されなくなってもVOCALOIDとしての役割を全うすることを決意する。


過去の物語である消失シリーズを単なるリメイク、延長で終わらせることなく、「2018年版の消失シリーズ」として仕立て上げるcosMoさんの創造力、音楽に対する余念のなさは本当に凄いなあと思いました。
私はこのアルバムで一気にcosMoさんへの興味を取り戻しました。これほどまでに創作に対する思いをわかりやすい形で音楽に注ぎ込んでくれる方はなかなかいません。思いが強ければ強いほど、アウトプットは苦しいものになるので。
cosMoさんが「自由すぎる未来」をどのように突き進んでいくのか、少しばかり追っていきたいと思います。