とは、さっき考えた言葉である。
小さなタスク、大きなタスク、時限のタスク、無限のタスク、様々なタスクが生活を襲い、そして溜まりが出来ていく。
ペットボトル。私の地域では隔週でしかゴミに出せない。油断すると出し忘れる。ラベルを剥がしだりキャップを外したりとゴミに出すまでの工程があるので、疲れているとそれすら億劫になり、テーブルの端に溜まっていく。
ダンボール。これも隔週でしかゴミに出せない。しかも出す場所が住んでいるマンションから100mほど歩いた先を指定されており、他のゴミより出すハードルが高い。通販に頼っているとすぐ溜まる。怠惰とともに床がダンボールに塗れていく。
チラシ。九分九厘いらないのにポストがあるのを良いことに寄越してくる。しかし唯一の利点として生ゴミを包むのに使える。そのせいで「必要なだけのチラシはあるか?」という判断をしなければならなくなり、面倒なときは溜め込んでしまう。テーブルに置いておくとバナナの皮を捨てるのに楽だが、たぶん良くない習慣である。
古いデスクチェア。要は粗大ゴミである。粗大ゴミを出すためには専用のシールを買う必要があり、コンビニに行って「粗大ごみ用のシールをください」と言わなければならない。これが私にとって恐ろしくハードルが高いため、部屋の隅に放置されている。このまま引っ越すまで溜め込むつもりなのだろうか。
ゴミの話ばかりになってしまったが、ゴミ以外もある。エアコン。昨年の夏からたまにキュルキュルと異音を放つことがある。壊れる前兆かもしれないので管理会社に連絡したほうが良いのかもしれないが、まだ使えているので後回しになっている。一生後回しにするのかもしれない。
歯医者。放っておくと歯が痛くなるまで行かなくなるので、歯医者さん側のサービスで検診を受けて半年経ったらお知らせのハガキが届くようにしている。しかし予約には電話が必須なのでこれまた私にはハードルが高く、いつまで経っても電話ができない。ハガキが送られてきてからもう3ヶ月は経ってしまっている。
メガネ。鼻当てのぐらつきが酷く、3歩動けばずり下がってしまう。いい加減修理するなり買い替えるなりしたほうが良いのだろうし、なんなら流行りのICLにでもしてメガネを卒業してしまいたいまである。そんなことを想像しながら、今日もずり下がったメガネを直す日々が続く。
生きていればタスクは積み重なっていく。逃れられないカルマ。息をつくは束の間。