人々は怒りの代弁者を求めている

Adoさんのメジャーデビュー曲「うっせぇわ」が人気を博している。

 
歌詞については、作詞作曲担当のsyudouさんが制作したVOCALOIDオリジナル曲「ビターチョコデコレーション」と似たようなテーマであり、今作はそれをさらに過激な言葉で表現している。「ビターチョコデコレーション」はsyudouさんの出世作といっても差し支えなく、恐らく狙って似たテーマとしたのだろう。Adoさんのチンピラみたいなドスの効いた歌声(褒め言葉です)も非常に曲と合っている。

社会の抑圧に対する怒りや不満を他罰的に音楽にしているので、嫌いな人は嫌いだろうなと思う。私もあまり好んで聴きたい曲ではなかった。だがこの曲は人気で、歌詞に共感している人も多い。表には出せない、溜め込んでいる鬱憤を晴らすだけの力がこの曲にあるのだろう。


現代社会は特に「怒り」の発露に対して敏感で、人々はなるべく怒った姿を表に見せないようにして日々を過ごしている。ビジネスの世界でも「アンガーマネジメント」という言葉があり、上司が部下に衝動的にキレたり叱ったりしないよう研修を行うところもあるらしい。まあ社会人でなくても、他人と良好な関係を築き上げるために少々のことは笑って許そうとするだろう。

じゃあ、表に出てこなくなった「怒り」は何処へ行ったのか?

器量のある人は絵にしたり、音楽にしたり、物語を作り上げたりするだろう。だが全ての人が創作物に昇華できる力を持ってはいない。だからTwitterで愚痴ったりすることになるのだが、実は気持ちよく言葉に変える力がある人もそんなに多くないし、怒りのためにいちいち時間を費やせるほど現代人は暇ではない。

するとどうなるかというと、代わりに怒ってくれている人を探すようになる。政治への怒り、社会への怒り、親友人への怒りの言葉を見つけ、共感し、リツイートし、スッキリする。こうして自らの手を汚すことなく怒りを発散することができる。


人々は怒りの代弁者を求めている。その一端を「うっせぇわ」が担ったのだろうと思う。