気がつくと、ボカロPは歌い手にボカロシーンを盛り上げてもらう必要はなくなり、歌い手もボカロ曲ばかりをカバーしなくなっていた。
私はもうボカロも歌ってみたも全然詳しくないので、的はずれな見解なのかもしれない。ただ、大局を見渡す限りはそのような印象を受ける。
ボカロと歌ってみたの共依存関係を語る際にまず触れなければならないのが、いわゆる「メルトショック」である。
ryo氏が初音ミクに歌わせたオリジナル曲『メルト』が爆発的に人気となるきっかけとして多数の歌ってみた動画の存在があった。中でもプロ歌手の威光を引っ提げたhalyosy、後にやなぎなぎの別名義と判明したガゼル、謎のカリスマ性を秘めた歌和サクラの歌ってみた動画はニコニコ動画のランキングに長く名を連ね、メルト人気の象徴となった。詳しくはニコニコ大百科の記事を参照いただきたい。
あまり触れられることはないが、そのryo氏の次作『恋は戦争』は、当初評判が振るわなかった。視聴者はメルトのような軽快なポップチューンを期待していたが、『恋は戦争』は重厚なバンドサウンドだったので、肩透かしを食らったのだと思われる。事実、当時のボカロ界隈で人気の指標となっていた独自ランキング「ぼからん」において、ryo氏がメルト流行後に唯一1位を獲得できなかった楽曲となっている。それだけ初動としては視聴者からの評判を掴みきれていなかったのだ。
しかし、メルトショックの再来を待ち望んでいた歌い手たちがこの「ryo氏の新曲」を支えた。オリジナル投稿から一ヶ月もしないうちにピコ、ヤマイ、うさ等当時のビッグネームが歌ってみたを投稿、人気を博した。それに釣られるように本家動画もじわじわと再生を伸ばし、ぼからんでも目安となる30位以内に長くとどまった。
この「初動では人気を獲得しきれなかった本家を、歌ってみたが支える」という構図はボカロ黎明期に何度か見受けられた。典型的なのが『rain stops, good-bye / にお』だろう。先のぼからんには一度しかランク入り(91位)したことがないが、平易なバラードで感情表現もしやすいことから多数の歌ってみた動画が投稿され、細く長く親しまれる曲となった。
歌ってみた動画は創作性に乏しくアンチも多かったが、何せ制作のハードルが低めで数も多かったことからボカロ界隈としても無視できない存在となっていった。
2010年頃からは明らかに「歌ってみた」されることを念頭に置いたボカロ曲が目立つようになった。『ARiA / とくP』『Mr.Music / れるりり』等、事前に手を組んでボカロ版と歌い手カバー版がほぼ同時に投稿されることもあった。あまり歌いやすさ重視にしすぎるとボカロ曲としてウケにくいというジレンマがあったが、wowaka氏を皮切りに高音、高BPM、ロック調の「ボカロック」が歌い手ウケしつつボカロ曲としても人気になりやすいことがだんだん分かっていき、以降長年にわたって暗黙の「蜜月関係」が形成された。2011年からはニコニコで再生数や二次創作動画の数に応じた収益化が可能になったのも、「派生のしやすさ」を重視した楽曲制作を後押ししたことだろう。
この頃に男性歌い手がメインストリームとなったのは、本家のキーをオク下で歌うとちょうど男性が声を張りやすいキーになるからではないかと考えられる。原キーで歌ったらそれはそれで「高音すげえ」になるし。恐らくボカロPも狙ってそういうキーに設定していたのだろう。
こうして2010年代ボカロ曲はボカロ界隈と歌ってみた界隈の人気の両取りが主流であり続けたが、長らくボカロの流行元であったニコニコ動画が徐々に衰退し、バズを生むプラットフォームがYouTubeだったりTwitter(現X)だったりTiktokだったりと枝分かれするようになった。歌ってみたの特徴だった「数の力」にも陰りが見られるようになり、ボカロ曲のバズの象徴が必ずしも歌ってみたの多さとは限らなくなった。『ライアーダンサー / マサラダ』のような歌ってみたよりもMADの派生のほうが目立つ異質なボカロ曲も現れた。
そして、『人マニア / 原口沙輔』である。
この動画が爆発的な人気を得たことは、ボカロシーンの新時代を告げるとともに「蜜月関係の終焉」を決定づけたかのように思う。ボカロ曲の本流がメロ重視からビート重視に変わり、歌ってもらう曲からノッてもらう曲に移り変わった象徴とも言える動画ではないかと思う。
近年は音ゲー曲やEDMとの相性が良いDJイベントが盛り上がりを見せているのだが、そこにボカロPの進出が目立っている。先に紹介した原口沙輔氏もDJイベントへ精力的に出演している。分かりやすいところでは、ニコニコ超会議で「超ボカニコ」と称したボカロPオンリーのDJイベントが開催され、毎年大盛り上がりを見せている。つまり、わざわざ歌い手を介さなくてもボカロP自身で自作曲のライブパフォーマンスをできる場が整ってきたということである。
歌い手サイドも歌ってみた動画の選曲にあたってボカロ曲を選ぶべき必然性がなくなった。オフボーカル音源はYOASOBIやずっと真夜中でいいのに。等ボカロPでなくても配布するアーティストが増えたし、有名どころの曲であればYouTubeでカラオケ音源を探し出せるようになった。歌ってみたが楽曲人気をさらに牽引するようなムーブメントはまだ散見されるが、かつてのようにボカロ曲に限る現象ではなくなった。
かつて密接だったボカロPと歌い手のつながりは、数ある創作のハブの1つに成り下がっていた。これも時代の流れか。