創作物の価値をお金に決めさせるな

現代のインターネットにおいて、何らかの活動をしている人がマネタイズをしてお金を稼ぐことは最早当たり前のようになった。YouTubeの投げ銭機能で、累計金額ランキングの大半を日本のVTuberが占めた、というニュースもあった。日本人は応援したいと思う人には徹底して尽くす傾向にあるのかもしれない。

YouTubeの投げ銭機能「スーパーチャット」の累計金額ランキングが発表、上位7人を日本のVTuberが占める

https://gigazine.net/news/20200824-youtube-superchat-runking/

私自身もBOOTHで本来の価格より上乗せして商品を購入していただいたり(BOOST)、pixivFANBOXにおいて月額課金してもらうことにより限定のコンテンツを提供したりして、インターネット活動による恩恵は多少受けている身である。だが、応援の形として大金を送りつけてもらうことが野放しにされていいのかどうか、腑に落ちないところではある。


プロ・アマ問わずマネタイズが進んだ先にどうなっていくかというと、お金を生み出すコンテンツが流行り、生み出せないコンテンツは廃れていくと考えられる。まあお金に限らなくても、「いいね」が沢山もらえたりフォロワー数が増えたりなど何らかのインセンティブが得られるようでないと発信したがらなくなるのではないかと思う。そしてその傾向は日に日に強まっているように感じる。

現代社会において、会社には従業員の生活を支えていくだけの力は失われつつあり、会社に依存する働き方はリスキーだと考える風潮が強まっている。インターネットの活動で飯を食う、あるいは小遣い稼ぎをする人たちは増える一方だろう。

今のインターネットはお金の匂いがそこらじゅうに漂っている。そしてそれは「生きていくにはお金が必要だからしょうがない」という認識によって正当化されている。

お金を意識した活動は、発信者の「好きなこと」がお金によって歪んだ状態で発信される。人間はアホなので、自身で発信したことがきっかけとなり、別に好きでもなかったものを好きだと誤認してしまう。こうして「好きなこと」がよりお金を稼げるものに置き換わっていく。それ本当に自分が「好きなこと」なの?全人類が好きなことやったら世界は滅亡するけど?


YouTuberやイラストレーター、作曲家といったクリエイターがネット上で脚光を浴び、その影響力をもってお金を稼いでいることが明るみに出ているわけで、自らが生み出した物に何らかの価値を持たせようとする風潮は強まっていく一方だろう。だが本来、創作物の価値は人に決めてもらうものではない。自分で決めるものだ。

他人から評価されない創作物は不要だ、とされるような世の中にはなってほしくない。いつまでも創作のための創作が溢れる世の中であってほしいと、願うばかりである。